【ネタばれあり!】SOSの猿【終盤で繋がる爽快感】

   

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伊坂幸太郎さんの作品は面白い。

しかし、癖の強い作家で、彼の作品は読者を選ぶ。

私は残念ながら彼の読者になるべき資質が足りず、伊坂作品の読了率は50%ほどだ。

表題である「SOSの猿」は、私が楽しんで読むことができた貴重な作品である。

「読書はちょっと苦手・・・」という人もきっとこの作品なら読むことができるのではないか。

では早速感想。

私が「SOSの猿」を読んで感じたことは大きく分けて3つある。

1. 最初は意味不明。でも、話の終盤で全てが繋がる爽快感がある。

文庫本の背表紙には物語のあらすじが載っているが、私は3回ほど読んでも意味をうまく捉えることができなかった。

すごく簡単に言うとこんな話。

「大きな損害を出した株の誤発注事件を調べる男と、引きこもりの青年を悪魔祓いで治そうとする男。その2人の間を孫悟空が飛び回る。」

はい??孫悟空?株の誤発注はわかるけど・・・悪魔祓いも意味不明。

でも伊坂さんの作品は面白いし、「伊坂エンターテイメントの集大成!」って書いてあるし・・・古本だし。

とりあえず買ってみるか。

そう思い、あまり期待せずに読み始めたが、想像以上に面白かった。

孫悟空には相変わらず興味がもてなかったし、1回読んだだけで物語の本質を掴めた訳ではない。

しかし、意味不明だった個々の物語が、パズルのピースがカチっと音を立ててはまるような爽快感がたまらない。

そういえば、私は伊坂さんの短編連作が好きだ。

上から発言で恐縮だが、彼は物語の組み立て方がとても上手だと感心した。

2. 誰が一番悪いのか?因果関係の本質に迫っている。

人間はミスをする生き物である。

私自身も、仕事においても日常生活においてもミスだらけで、日々自己嫌悪である。

しかし、伊坂さんはこの作品の中でこんなことを言っている。

「個人の精神的苦痛を、その人の失敗のせいだけにせずに、人類共通の苦悩で、時代すべてが背負っている問題だと了解することは重要だ」

なるほど。

一見難しいことを言っているようだが、実は身近な話だ。

ミスには必ず背景がある。

その背景にはほぼ確実に他者の存在がある。

さらに辿っていくと、そのミスの原因となる人数はねずみ算式に広がる。

つまり、ミスは個々の問題だけではない。

そうとはいえ、ミスはミスなので、失敗した人はある程度反省しなければならない。

しかし、個々の責任があまりにも重く、精神的に苦痛を感じる人が多い昨今、うまく他者に責任を分担することは必要なのではないか。

そうすれば、きっと自分にも他人にも優しくなれると思う。

3. 母親自身の人生を楽しむことの大切さを再確認した。

この物語の中には、息子の引きこもりに悩む母親が描かれている。

母親は自分のことのように息子の心配をし、心労で老けこみ、心身ともに疲れきっている。

しかし、物語の終盤には母親は明るさを取り戻している。

息子の引きこもりがなおったのか?そうではない。

母親の受け止め方が変わったのだ。

「母親が人生を楽しまないで、子どもの心配ばかりしてたら鬱陶しい」

物語の中で、母親はこのことに気づく。

私もこの「鬱陶しい」という表現が腑に落ち、電車の中で本を片手に何回もうなずいた。

その通りだよ、伊坂さん。

私の母は、かつて私のために習い事をすべて辞めたことがある。

しかし私は全く嬉しくなかった。

母親の脳内にある「私」という存在が大きくなればなるほど、私は居心地の悪さを感じた。

自分のために人生を台無しにしてほしくない。

「子ども=人生」ではない。

重くて重くて仕方ないんだ。そう、鬱陶しいんだ。

私にも娘がいるが、娘を人生の全てにはせず、常に他の楽しみを見つけ、生涯を楽しんで過ごしたいと思う。

本は時折、自分の気持ちを代弁してくれる。

言葉にならない「モヤモヤ」を言葉にしてくれる。

自分の気持ちが一般化されると人に話せる。気持ちがグッと楽になる。

だから私は本が好きだ。

家事と育児と仕事に追われ、読む時間が減ってしまったが、少しずつでも読み続けていきたいと思う。

SOSの猿 (中公文庫)

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