伊坂幸太郎さんの作品は面白い。
しかし、癖の強い作家で、彼の作品は読者を選ぶ。
私は残念ながら彼の読者になるべき資質が足りず、伊坂作品の読了率は50%ほどだ。
表題である「SOSの猿」は、私が楽しんで読むことができた貴重な作品である。
「読書はちょっと苦手・・・」という人もきっとこの作品なら読むことができるのではないか。
今回は簡単にあらすじと感想を紹介します。
youtubeであらすじ、感想を紹介されている方もいたので下に動画を入れておきます。
では早速感想。
私が「SOSの猿」を読んで感じたことは大きく分けて3つある。
1. 最初は意味不明。でも、話の終盤で全てが繋がる爽快感がある。
文庫本の背表紙には物語のあらすじが載っているが、私は3回ほど読んでも意味をうまく捉えることができなかった。
すごく簡単にあらすじを言うとこんな話。
「大きな損害を出した株の誤発注事件を調べる男と、引きこもりの青年を悪魔祓いで治そうとする男。その2人の間を孫悟空が飛び回る。」
はい??孫悟空?株の誤発注はわかるけど・・・悪魔祓いも意味不明。
でも伊坂さんの作品は面白いし、「伊坂エンターテイメントの集大成!」って書いてあるし・・・古本だし。
とりあえず買ってみるか。
そう思い、あまり期待せずに読み始めたが、想像以上に面白かった。
孫悟空には相変わらず興味がもてなかったし、1回読んだだけで物語の本質を掴めた訳ではない。
しかし、意味不明だった個々の物語が、パズルのピースがカチっと音を立ててはまるような爽快感がたまらない。
そういえば、私は伊坂さんの短編連作が好きだ。
上から発言で恐縮だが、彼は物語の組み立て方がとても上手だと感心した。
2. 誰が一番悪いのか?因果関係の本質に迫っている。
人間はミスをする生き物である。
私自身も、仕事においても日常生活においてもミスだらけで、日々自己嫌悪である。
しかし、伊坂さんはこの作品の中でこんなことを言っている。
「個人の精神的苦痛を、その人の失敗のせいだけにせずに、人類共通の苦悩で、時代すべてが背負っている問題だと了解することは重要だ」
なるほど。
一見難しいことを言っているようだが、実は身近な話だ。
ミスには必ず背景がある。
その背景にはほぼ確実に他者の存在がある。
さらに辿っていくと、そのミスの原因となる人数はねずみ算式に広がる。
つまり、ミスは個々の問題だけではない。
そうとはいえ、ミスはミスなので、失敗した人はある程度反省しなければならない。
しかし、個々の責任があまりにも重く、精神的に苦痛を感じる人が多い昨今、うまく他者に責任を分担することは必要なのではないか。
そうすれば、きっと自分にも他人にも優しくなれると思う。
3. 母親自身の人生を楽しむことの大切さを再確認した。
この物語の中には、息子の引きこもりに悩む母親が描かれている。
母親は自分のことのように息子の心配をし、心労で老けこみ、心身ともに疲れきっている。
しかし、物語の終盤には母親は明るさを取り戻している。
息子の引きこもりがなおったのか?そうではない。
母親の受け止め方が変わったのだ。
「母親が人生を楽しまないで、子どもの心配ばかりしてたら鬱陶しい」
物語の中で、母親はこのことに気づく。
私もこの「鬱陶しい」という表現が腑に落ち、電車の中で本を片手に何回もうなずいた。
その通りだよ、伊坂さん。
私の母は、かつて私のために習い事をすべて辞めたことがある。
しかし私は全く嬉しくなかった。
母親の脳内にある「私」という存在が大きくなればなるほど、私は居心地の悪さを感じた。
自分のために人生を台無しにしてほしくない。
「子ども=人生」ではない。
重くて重くて仕方ないんだ。そう、鬱陶しいんだ。
私にも娘がいるが、娘を人生の全てにはせず、常に他の楽しみを見つけ、生涯を楽しんで過ごしたいと思う。
本は時折、自分の気持ちを代弁してくれる。
言葉にならない「モヤモヤ」を言葉にしてくれる。
自分の気持ちが一般化されると人に話せる。気持ちがグッと楽になる。
だから私は本が好きだ。
家事と育児と仕事に追われ、読む時間が減ってしまったが、少しずつでも読み続けていきたいと思う。
今回は簡単にあらすじと感想を紹介しました。読んでみようと思った方はオススメですので是非読んでみてください。伊坂幸太郎さんの作品ではグラスホッパーもオススメです。
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