この前、テレビで放送されていた「八日目の蝉」を見た。「感動!涙が止まらない」と放送直前に宣伝されていて、それはその通りだった。
私は序盤から画面に釘付けになり、中盤からラストまで涙が止まらなくなった。
八日目の蝉
簡単なあらすじ
前半
野々宮希和子(永作博美)は妻がいる秋山(田中哲司)と不倫していた。
しかし、ある日秋山家に赤ちゃんが生まれたと知り、衝動的に誘拐してしまう。
希和子は赤ちゃんを薫と名付け、子育てをしながら3年半逃亡生活を続ける。そして、ついに逮捕され、薫は秋山家に帰ることになる。
後半
成人した恵理菜(=薫・井上真央)の話。
希和子と同じように妻子ある男性と不倫をし、子どもを身ごもってしまう。
安藤千草(小池栄子)との出会いをきっかけに、自分のルーツを探っていく。
母性はいつ、どのように育まれるのか
これは私が「八日目の蝉」を見て一番考えされられたことだ。希和子は確かに誘拐をした。しかし、薫への愛情や希和子の中にあった母性は本物だったのではないかと思う。
希和子は薫を理不尽に叱らず、薫がのびのびと日々を過ごせるように最大限の努力をした。希和子の愛情を始め、様々な大人や友達に囲まれながら薫はすくすくと成長する。
「母性」は子どもを産むことで芽生えるわけではない。女性が本来もっている普遍的なもので、きっかけさえあれば誰もがそれを実感することができる。誰かを守りたいと思うこと。無条件に人を愛すること。その誰かが自分よりも大切だと思えること。それが母性だ。
たった3年半しか一緒にいなかったが、希和子の愛情は確実に恵理菜(薫)の心に根付いた。それは後半を見れば明らかだ。
環境さえ違えば希和子は良い母親になったのに。
そう思うと残念でならない。一番悪いのは希和子の不倫相手である。
タイトル「八日目の蝉」の意味
このタイトルはすごく深い。蝉は本来7日間しか生きることができない。しかし、もし8日目まで生きた蝉がいたら、その蝉は何を思うだろう。
仲間がいなくなって寂しい。7日でみんなと一緒に死ねばよかったのに。そう思うかもしれない。
蝉に限らず、人間もそうだ。生きるべきでないかもしれない命。そんなものはないと言いたいが、生まれながらにして困難を強いられる命はある。「八日目の蝉」はどこにでもいる。
しかし、この問題に対し恵理菜は自分なりの答えを見つける。「八日目まで生きていれば、7日目までは見られなかった綺麗な景色が見られるかもしれない」と。
人生は思うようにいかず、辛いことだらけだ。しかし、一瞬でも幸福な瞬間があれば人は生きていけるのだと思う。
最後に
この作品は本当に素晴らしいと思う。ストーリー展開が目を離せないし、出演者の演技力も光っている。
みんながみんな、演技が上手い。見てよかったと心から思った。
原作の著者は直木賞作家の角田光代さんだ。原作をすぐにでも読んでみたいと思った。
八日目の蝉 角田光代
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